頼家祭り

鎌倉幕府の二代将軍、源頼家が1204年に暗殺された伊豆市修善寺で21日、頼家と、暗殺後にあだ討ちを計画、実行前に殺された家臣13人をしのぶ「修善寺・頼家祭り」が開かれた。修善寺生まれの落語家、瀧川鯛之助さん(36)が頼家にふんするなど約100人が温泉街を行列、頼家らの墓前で供養した。(毎日.jp

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源頼家は、頼朝の嫡男で鎌倉幕府2代将軍です。

正治元年(1199)の頼朝の急死後に家督を継ぎ、
建仁2年(1202)には2代将軍となりました。
将軍としての意気込みもあり、政治にも意欲を示していたそうです。
しかし、頼家がまだ18歳で若すぎるという理由で、
幕府の政治の実権は北条氏をはじめ、有力御家人たち13名に握られており、
思うように行動することができなかったといいます。

その後、御家人たちの権力争いが激化するなか、頼家は北条氏の討伐を謀りましたが、
和田義盛が裏切るなどして計画は失敗。
頼家は強制的に出家させられ、伊豆の修善寺に流されます。
そして、幽閉生活を送る事となるのです。

実母の北条政子にも何度も許しを乞いましたが、許されることはなく、
元久元年(1204)7月18日に暗殺されました。
享年23歳という若さでした。

18歳で家督を継ぎ、23歳という若さで亡くなるまでに、わずか5年。
激しい権力争いの中で、頼家はどんな思いを抱えていたのでしょうか。


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